自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)

Hug Hawaiiが主宰する自死遺族の会「アルファの会@東京」のご案内や活動等のご紹介をしています。

第42回日本自殺予防学会に参加して参りました:自死遺族と「自殺予防」

皆さま、ごきげんよう

 

酷暑の夏が過ぎ去り、急に涼しくなってきました。

天候も不順ですし、お互いに体調管理には十分に留意いたしましょう。

私も急に気温が下がったり台風が発生するこの時期は、気圧のせいなのか喘息注意報が出がちですので、気を付けたいと思います。

皆さまもどうぞご自愛くださいませ。

 

さて、先日 第42回日本自殺予防学会総会(※終了しています)に参加して参りました。

翌日に用事があったために、東京から奈良まで日帰りというタイトな日程でしたが、興味深いご発表や新たな出会いがあり、有意義な機会となりました。

 

本学会は、学会名の通り「自殺予防」に関するエビデンスの創出と活用が主目的ですが、今回の学会では自死遺族に関するセッションとポスター発表があり、いずれも非常に興味深いご研究でした。

 

自死遺族」と「自殺予防」ですが、両者の関係はなかなか微妙な問題を含んでいます。

 (本学会が「自殺」予防ということばを使用していますので、今日は「自殺予防」ということばを使用しています。 「自殺」と「自死」の使い分けについては、また別途書いてみたいと思っています。

 

自死遺族として、新たな自死者は出てほしくない、もうこれ以上大切な人を自死で亡くすという深い悲しみを味わう人を増やしたくない、これ以上自分と同じような自死遺族が増えてほしくないという思いを抱くことがあるでしょう。

私ももうこれ以上自死者、自死遺族が増えてほしくないと真剣に思っています。

 

しかしながら、自死遺族にとって「自殺予防」という文言や自殺予防キャンペーン、公共の場所などでの自殺防止のポスターを見たり聞いたりするようなことが更なる辛さ、痛みに繋がってしまうことがあります。

自死遺族は死別経験後に深い悲嘆や辛さと共に怒り、自責の念、自罰感、後悔等の感情を抱くことが知られています。少なからず故人の自死に対して後悔や責任を感じたり、自分を責めたり、自罰的になることがあるのは容易に推察できます。

 

そこで「自殺予防」についての情報を見たり聞いたりしてしまうと、自分が責められているように感じたり、食い止めることのできなかった自分を責めたり罰したり、強い後悔や無力感を抱いたりするようになることもあるとされています。

 

つまり、「自殺予防」は、自死遺族に非常に複雑な感情を抱かせるとてもデリケートな事象であるといえるでしょう。

自死は食い止めたいけれど、「自殺予防」には自分は関われないという感覚を抱く抵抗感や嫌悪感、矛盾、ジレンマとでも言えるでしょうか。

したがって、自死遺族支援(「ポストベンション(事後介入)」と表現されたりします)を「自殺予防」(「プリベンション(事前の防止対策・予防)」~「インターベンション(防止・危機介入)」)に繋げることに不快感を抱いたり、疑問視されることがあります。

要するに、自死遺族が「自殺予防」を呼びかけたり、自死遺族(支援)が自殺に対して警鐘を鳴らす役割になることに抵抗を感じることがあるとされています。

 

このことは、学術的にも文献で指摘されています。

Nara Women's University Digital Information Repository: 自死遺族の免責性と自殺防止システム

自死遺族の免責性と自殺防止システム、清水 新二 、2010、 奈良女子大学社会学論集 (奈良女子大学社会学研究会)、第17号、 pp.23-35

詳細は割愛させていただきますので、ご興味のある方は直接文献にあたりご一読くださいませ。

本文献では、

自死遺族支援対策と自殺予防対策に関する『ねじれ』」(p.23)

「予防・防止対策と事後対策の別物性」(p.31)

等について指摘されています。

自死遺族にとって当面大切で重要なことは、『これから』以上に『既に起こったこと』に対する手当であり整理であり、最終的にはこの出来事をどう受け止め、受け入れていくかにあることは言を待たない。『これから』のこと、つまり予防的事柄はこのことの後に関心となっていくに過ぎない。いきなり『これから』ではあり得ないのであり、このねじれが『自死遺族支援を自殺予防のために利用して欲しくない』との遺族の違和感に繋がっていると思われる。」(p.29)

という一文が自死遺族支援と「自殺防止」の関係についてよく表されているのではないかと思います。

 

とある公共機関で「自殺予防」の呼びかけにおいて、たしか「遺される人のことも考えてみましょう」というような文言が自死を抑止するといった主旨のポスターを作成したところ、抗議を受けて撤去したというようなお話を聞いたことがあります。

つまり、自死遺族と「自殺防止」を繋げて考えるというようなことは、残念ながら実際に地域社会で用いられている思考の一つのようです。視野が狭いというか想像力の欠如と言わざるを得ないのはとても残念に思います。

 

ただし、学会の会場で、とある先生とこのお話をさせていただいたのですが、「自殺予防」は自死遺族に対しても当てはまるのであり、自死遺族のいわゆる後追い自死の予防 を含んでいるので、「自殺予防」に関する研究を主目的とする学会であっても自死遺族(支援)のテーマや演題は今後も取り上げていくというようなことを仰っていました。

つまり、一見矛盾しているようにも見える自死遺族(支援)と「自殺予防」は 、どちらも同等に重要な課題であると捉えられていると私は感じました。

自死遺族(支援)を「自殺予防」に都合よく利用することは望ましくないと思いますが、予防と合わせて自死遺族(支援)についても合わせて一緒に考え、議論し、検討していくことはとても大切であると改めて思った次第です。

 

実は本学会に参加する際に、自死遺族である私も一瞬参加を迷いました。

なぜなら、演題やポスター発表の多くは「自殺予防」に関するテーマであり、自死遺族(支援)についてのテーマは非常に少なかったからです。つまり、上述のような矛盾やジレンマがあることを私自身も気になっていました。

 

しかしながら、数少ない自死遺族(支援)に関する発表や報告は、いずれも大変興味深いものであり、逆に貴重であったと言えます。

ご発表者の先生がたには敬意を表します。

自死に関わる研究では、「自殺予防」だけでなく、自死遺族(支援)についても広く社会に対して示していくことも有意義であり重要なのだと再確認できた良い機会になりました。

ありがとうございました。

 

(おまけ)

時間があったので学会会場近くの橿原神宮に立ち寄りました。

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空気が澄み渡り、静寂の中の荘厳な雰囲気で、心が洗われる思いがしました。

普段なかなか行かないような場所に期せずして行くことができるのも、学会参加の楽しみの一つです。

 

それから、学会会場での書籍販売コーナーではコチラ↓の書籍を見つけて購入してみました。

リジリエンス

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まだ読んでいないのですが💦、これまでに自死遺族の会「アルファの会@東京」で死別経験後の自死遺族が自ら変わっていく様子を目の当りにしてきて、実はその内なる力や回復力に驚き感動していますので、リ(レ)ジリエンスには注目しています。