自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)

Hug Hawaiiが主宰する自死遺族の会「アルファの会@東京」のご案内や活動等のご紹介をしています。

自死遺族が語り始めること

皆さま、ごきげんよう

アルファの会@東京メンバーの千草です。

 

東京は酷暑の日が続いていましたが、急に涼しくなって台風の接近が心配されます。

台風が近づくと、私は喘息気味になります。きっと気圧のせいなのでしょう。

お天気が悪くなると、気分まで沈みがちかもしれません。そんな日は心身ともにお休みが出来る日だと思って、ゆっくりするのも良いことではないでしょうか。

気分の浮き沈みは誰にでもありますが、ずっと一生沈んだままということもあり得ないということも理解しておくといいかもしれませんね。

私は愛する家族が自死で急逝した直後がどん底の底でしたので、最近ではあれほどのどん底もそうそうは無いだろう、と思えるようになりました。

 

さて、8月のアルファの会@東京は、18日(土)14:00-を予定しております。

必要な方が必要なタイミングでご参加いただけますことをお待ちしております。

 

alphaandomega.hatenablog.com

 

以前の記事で自死遺族にとって現代の日本社会は生きづらさを生き埋めにする社会

*として表現されるであろうこと、ならびにそんな社会の中でも私は自死遺族として事実を正直に話すことや、他者との対話を通じて繋がり続けることを諦めたくないと書きました。

*水津嘉克, 佐藤恵. (2015). 生きづらさを生き埋めにする社会 -犯罪被害者遺族・自死遺族を事例として-. 社会学評論, 66(4), 534-551.

alphaandomega.hatenablog.com

この思いは変わっていませんし、自身の経験を直接事実を知らない他者に話してみることを試してみています。

時に微妙な反応が返ってくることもありますが、それでも私は話すことを止めないこと、対話を続けることを通じて、自死自死遺族に対する理解が少しでも広まればなぁと思っています。

 

そして最近気づくことは、アルファの会@東京で初めて他者(当事者)に対してご自身の体験をお話するという方が多々いらっしゃることです。

つまり、それまでは直接事実を知る人以外には誰にも話したことが無い、沈黙を守ってきた、秘密を抱いていた自死遺族の方々が、初めて「沈黙せざるを得ないという生きづらさ」(水津・佐藤、2015)を乗り越えて事実や経験をお話くださることがあります。

そのお姿を拝見していて、表現に語弊があるかもしれませんが、個人的には凄いなぁ、素晴らしいなぁと感じます。 なぜなら、その勇気や行動は並大抵の変化ではないと拝察するからです。そんな自死遺族の方々には敬意を表します。

 

心理学の用語ではレジリエンス (心理学) - Wikipediaと表現されたりしますが、その勇気や抵抗力や復元力には相当のエネルギーが必要だと思うのです。

自死遺族でなくとも、誰しもそれまで話したことの無かった事実を告げたり、秘密を明かしたりするって、相当な勇気が必要ですよね。

でも、それをやり遂げようとする自死遺族の方々の想いは如何ばかりかと拝察します。

 

自死遺族が語り始める動機の一つには「沈黙せざるを得ないという生きづらさ」に耐えかねるということがあるでしょう。他方では、年月を経て心の整理をしてきて、やっと他者に対して話をしてみようと思えるようになったということもあるでしょう。もしかすると、他にもいろいろ理由があるかもしれません。

いずれにしても、自死遺族が語り始めるということは、その後の精神的、社会的なプロセスにも変化があることが推察されます。

事実、アルファの会@東京で初めて経験をお話したという方の中には、「胸のつかえがとれた」「自分なりの整理ができた」「他の人にも話してみようと思った」というようなことをお話くださる方がいらっしゃいます。実は個人的にはちょっと感動しながらそんなお話を拝聴しております。

 

その反面、アルファの会@東京のような自助グループや当事者に対してであれば話せるけれど、やはり非当事者に対しては話せない、ということがあるのも事実でしょう。

その心情はとてもよく理解できますし、誰に対しても話をすればよい、ということでもありませんね。残念ながら、現代の日本社会では自死遺族が語り始めることを受け容れ難い傾向にあることも事実でしょう。

 

しかしながら、私は自死遺族が語り始めることはとても大切なことだと考えています。

はじめは当事者だけに対してであっても、それまでの沈黙を破って話したことの無いことを他者に語り始めるということは、とても大きな変化だといえるでしょう。

もしかすると、他の人にも真実を告げたり、深い悲嘆や辛さを正直に打ち明けることができるようになるかもしれません。

その結果、周囲の人たちがそれまで秘めていた深い悲嘆や辛さに気づいてあげられるかもしれません。そして温かいまなざしや援助の気持を向けてくれるかもしれません。

つまり、自死遺族が「沈黙せざるを得ないという生きづらさ」に耐えかねるという事を少しずつ解消していけるかもしれないのではないでしょうか。

そして、それを受け容れる、対話を続ける、お互いが理解し合おうとする社会であろうとすることも徐々に可能になっていくのではないかという希望も私は抱いています。

 

ちなみに、私がいま考える未来の究極の在り方としては、もし自助グループが無かったとしても、社会の中で自死遺族の生きづらさが生き埋めになることの無いような社会や地域における人々の在り方です。

敢えて逆説的な言い方をすれば、いつか自助グループなんて無くても全ての人が安心・安全に過ごせる社会になることが理想だと考えます。

これは、自死遺族に限らず全ての人について言えることではないでしょうか。

 

まだ今は難しいとしても、まずはその一歩として自死遺族同士、すなわち当事者に対して自死遺族が語り始めることをこれからも大切にしていきたいと私は考えています。

そして、これからもアルファの会@東京がその一助としてあり続けることに努めて参ります。

 

もし自死遺族同士でお話をしてみたい、経験を語り始めてみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞご自身のタイミングで、気が向いた時に何時でもアルファの会@東京にご参加くださることをお待ちしております。

もしアルファの会@東京へのご参加が難しかったとしても、お住いの地域のお近くで同様の会が催されていることがありますので、チェックしてみられると宜しいかと存じます。

自死遺族の方々がご経験を語り始めることで、「沈黙せざるを得ないという生きづらさ」が生き埋めにされることが少しでも解消されることを心より願っております。

 

いつもありがとうございます。

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