自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)

Hug Hawaiiが主催する自死遺族の会「アルファの会@東京」のご案内や活動等のご紹介をしています。

学会での「自殺」についてのプログラムと「自死は病死である」という認識

皆さま、ごきげんよう

自死遺族の会「アルファの会@東京」メンバーの千草です。

 

東京は急に寒くなって連日の雨降りとなっていますが、皆さまもどうぞご自愛くださいませ。

 

さて、この週末は学会に参加して参りました。

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学会の中で、「自殺」のテーマが取り上げられたシンポジウムとセミナーがあり、参加して参りました。

学会では「自殺」という言葉が繰り返し用いられていたことが少し気になりました。今後「自死」という言葉に置き換えられるのか?注目するところです。

 

今回の学会では、「自殺」についてのプログラムは主に二つありまして、

シンポジウム8 「がん患者と自殺の問題に向き合う」

 

ランチョンセミナー4 「日本人の死生観からみたうつ病と自殺予防」

それぞれご専門の先生がたによる御発表と会場での議論が行われていました。

 

シンポジウム8 「がん患者と自殺の問題に向き合う」

では、主にがん患者様を対象とした院内自殺とその予防をテーマとした報告と議論が行われていましたが、

シンポジウム8-1 「人は何故自殺するのかー自殺のプロセスについて」

張賢徳先生(帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科

 では、なぜ人は自殺してしまうのかについての研究結果やご見解を拝聴しました。

 

 その中で、

「実態調査が示すところによると自殺者の約90%が自殺時に何らかの精神科診断がつく状態であったことが分かっている」

というお話があり、決して理性的な状態で行為に至っているのではないだろうというご見解が示されていました。

 

つまり、

自死という行為の前段階でうつ病を主とする精神疾患が介在している場合が多く、自死に至るプロセスというものがあるだろう

というような主旨のお話でした。

 

要するに、たとえ生活上の問題や様々なライフイベントやストレスフルな状況等があったとしても、精神疾患を挟まないと自殺企図には至らず、理性的で冷静な状態で突発的に自死という行為に至ることは考えにくい、ということだと私は理解しました。

 

そこで私は、自死遺族の方々がお話されていたことを思い出しました。

自死は病死である」 

ということを複数の自死遺族の方が別々に語っておられたことがありました。

 

もし多くの場合自殺企図と行為に精神疾患が介在しているのだとすれば、この「自死は病死である」という認識は概ね正しいと言えるのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

ちなみに、日本における自殺の現状と自殺総合対策における基本認識では、

www.mhlw.go.jp

「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」

引用:自殺総合対策大綱(概要)

 

とされています。

厚労省でも「自殺」という言葉を使っているのですよね。)

 

確かにその通りだとは思うのですが、上述のことを踏まえると、

自死はその多くが「追い込まれた末の病気による死

であるともいえるのではないでしょうか。

 

もし自死が病死であるとするならば、たとえばガンなどを始めとする病気による死亡と何が違うのだろうか?という疑問を抱きませんか?

大切な人をガンなどの病気で失うことと、自死で失うことの何が違うのでしょうか?

病気で大切な人を失った遺族と、自死で失った遺族は違うのでしょうか?

 

学会に参加しながら、私はそんなことを考えていました。

 

日本では残念ながらまだまだうつ病自死自死遺族に対して偏見や差別、社会的スティグマ(烙印を押すこと)が無くならないのが事実です。

もし「自死は病死である」という認識が正しく理解されたとしたら、少しは自死自死遺族に対する偏見や差別が軽減されるのではないだろうか、と私は考えています。

 

リンクを貼ったような自殺総合対策において重点施策を考えたり実行したりすることも勿論大切だとは思います。

しかしながら、同時に(その前に)うつ病自死自死遺族に対する理解を深めるということも重要なのではないでしょうか。

 

 今日は学会での「自殺」についいてのプログラムに参加して考えたことのお話でした。