自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)

Hug Hawaiiが主宰する自死遺族の会「アルファの会@東京」のご案内や活動等のご紹介をしています。

【はじめての方へ】自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)のご紹介

皆さま、ごきげんよう

自死遺族の会「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)メンバーの千草と申します。

 

本サイトでは、自死遺族限定の会、「アルファの会@東京」(by Hug Hawaii)のご案内や活動報告、その他関連の事項についてご紹介しています。

 

まず、主宰のHugHawaiiは、愛する人を亡くした人のための悲しみを癒すためのグリーフサポートを行っている団体です。

名称の通り、ハワイで設立され、現在では日本での活動も行われています。

HugHawaiiの詳細については、以下をご参照いただければ幸いです。

 

www.hughawaii.com

お問い合わせ: alpha@hughawaii.com

 

アルファの会は、HugHawaiiの活動の中で、自死遺族を限定とした会として先ずはハワイでスタートしました。そして、2017年4月より、東京での活動がスタートしました。

原則毎月1回自死遺族の会「アルファの会@東京」を開催しております。

 

自死遺族の会というのは、同じ深い悲しみを抱える自死遺族だけでお話をしたりお話を聞いたりする会です。

いわゆる当事者(自死遺族)同士で分かち合いを行う自助グループです。

しかしながら、同じような経験をした人同士で集い、分かち合うことで得られることも少なくありません。

また、これまでなかなかお話できなかったことをお話していただくことで、カタルシス(精神の浄化)の体験となる可能性もあります。

ただし、無理にお話いただく必要はありませんし、無理に聞き出すこともありません。

つまり、何かを無理強いしたり、勧誘なども一切ありませんので、どうぞご安心ください。

なお、秘密は厳守されます。 

 

私自身も自死遺族です。愛する家族を自死で失い、深い悲しみと絶望の中で、当初は自らから孤独を好んでいました。しかし、ある日全てを吐き出してしまいたいという衝動に駆られました。

しかし、あいにくそのような切実な望みをかなえてくれる場所と機会を見つけることはできませんでした。 その当時は、とても苦しかったことをよく覚えています。

 

自死遺族の会「アルファの会」は、当時の私のような思いを持つ可能性が高いであろう自死遺族の方々にとっての一つの選択肢として、常に安心・安全な場と機会であることに努めております。

 

しかしながら、自死遺族の方々にとっては、このような会に参加することにも、きっと大変な勇気が要ることと思います。

そして、このような場でお話をすることにも大きな不安を抱かれることと存じます。

私も自死遺族ですが、もし初めてこのような会に参加するとしたら、当日どのようなことが行われるのかとても不安ですし、きっと躊躇してしまうのではないかと思います。

 

そこで、自死遺族限定の集いというのはどのような会になるのか、基本的なルールをお示しさせていただきます。

アルファの会@東京においても、Hug Hawaiiの会員規則と、原則以下にお示しするルールに基づいて進行する予定です。

 

●当日は、匿名、ニックネームでのご参加もOKとします。

●他人のことではなく、自分のことを話します。

●お話したくない時には無理に話す必要はなく、パスができます。他の方のお話を聞くだけの参加でも OK です。  

●この場でお互いに話した内容は、決して外部に持ち出さず、他のところでは話さないことを約束し 、全員のプライバシーを尊重します。  

●他の参加者のお話を評価したり、批判やアドバイスをしたりすることは控えます。 お互いに、言いっぱなし、聞きっぱなしの姿勢をとります。 

●布教や営業、政治活動などはお断りします。

●本会は当事者同士による自助グループですので、個人的なご相談や専門的な支援の求めには応じることができません。

●今後も全員が安心してお話しできるような安全な場となるように、全員が会員規則、基本的なルールを守っていきます。 

 

参考:NPO法人グリーフサポートリンク <全国自死遺族総合支援センター>、2015、死別の悲しみに寄り添う~自死遺族のつどいのすすめ方~、p.6

 

日本では、残念ながら未だ自死自死遺族に対する差別や誤解、社会的烙印を押されてしまうことがあるのが現実です。

したがって、どうしても自死遺族が自分の話をするのはためらわれるのです。

 

ただ、自死遺族の会のような場や機会を得て、当事者同士でお話してみると、案外いろいろなことを話すことができるようです。

実際に、私はこれまで誰にも話すことのできなかった赤裸々なことを初めて話してみて、当事者同士だからこそ腹を割って正直な想いを吐き出すことのできる、とても貴重な機会だと思いました。

きっとカタルシス(精神の浄化)体験にもなっているのだと思います。

 

そして、自分は話さなくても、同じ自死遺族の方のお話を聴いているだけでも、何か共感したり、思うことが出てくるかもしれません。

 

もしこのような機会や場所を必要とされている自死遺族の方がいらっしゃいましたら、先ずはこのような会があることを知っていただき、必要な時に思い出していただけるよう願っています。

そして、もし他の自死遺族の方々のお話を聞いてみたいと思ったり、自分でも話してみたいと思ったりした時には、どうぞアルファの会@東京にご参加ください。

 

※ 本来「アルファの会@東京」は、原則HugHawaiiの会員様向けで、予め予約の必要があります。ただし、当面のあいだ会員様以外でもご参加いただけるようにオープン化しております。

また、ご不明な点やご質問があれば、ご遠慮なくお問い合わせください。

 

ご相談・お問い合わせ: alpha@hughawaii.com

  

ちなみに、アルファの会@東京へのご参加が難しい方は、全国各地で同じような自死遺族の会が開かれていますので、インターネット等で検索してみるとよろしいかと存じます。

 

まだ悲嘆が深くて絶望と悲しみのどん底にいる時には、きっと外出することも、人と会うことも、ましてや自分の話をすることなんて、到底できないと拝察いたします。

私もそうでした。自死による死別体験から数か月は、生ける屍のようでした。

無理をする必要はないと私は思います。時には望んだ孤独や孤立も必要ではないでしょうか。少なくとも、私には必要でした。

 

ただ、もし誰かに話してみたい、思いを吐き出してみたい、と思うような時があれば、まずいわゆる自助グループといわれる当事者同士の会に参加してみるのも一つの方法でしょう。

勿論専門的な支援が必要な場合には、専門家にご相談するのが宜しいですね。

誰かに助けてもらいたい時に、「助けてほしい」と言えることと、そのような場や機会を知っておく、あるいはその情報にたどり着ける、という選択肢があることは、とても大切なことだと私は考えています。

 

アルファの会@東京も、そんな自死遺族にとっての安心・安全な場や機会の選択肢の一つになることを願っております。

今後も原則毎月1回、東京都内で開催して参る予定です。

開催日時等の詳細は、このサイト等を通じてご案内させていただきます。

 

必要な方が、必要なタイミングでお越しいただくことをお待ち申し上げております。 

それでは今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

ありがとうございます。

千草

 

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私の自死遺族という生き方6:全てを吐き出してしまいたい

皆さま、ごきげんよう。 

 

新しい令和の時代が始まりました。

5月は今年は改元、GWや母の日など、なんとなくおめでたいようなムードに包まれる季節かもしれません。

もしかすると、そんな季節感に嫌悪を抱いてしまう方もいらっしゃるかもしれませんね。世間が明るければ明るいほど、落ち込むこともあるかもしれません。

 

私も姉との死別当時は、もう一生笑えないのではないかと思っていました。

楽しそうに笑っている人たちを見るたびに、どうせ私の深い悲しさや辛さなんて到底分からないんでしょ、ってどこか軽蔑の眼差しで見ていたかもしれません。

でも、私の身に起きた出来事なんて、真実を打ち明けた人以外には誰も知らないわけです。考えてみれば、私の深い悲しさや辛さなんて知る由もないし、分からないわけですよね。

それを黙っていても理解してくれ、というのは超能力者でもない限りは無理なお話です。

 

逆に、他の人も一見楽しそうに笑っているように見えて、実は人それぞれの悲しみや辛さがあるのだと思います。それを私は知らないし、事情を聴かない限りは知る由もありません。私も知らずに相手を傷つけてしまっていることだってあると思うのです。

そんなことを知ると、人はそれぞれの人生を懸命に生きているんだろうな、もしかしたら見た目によらない、きっと私の知らない悲しさや辛さを抱えているんだろうなって、少し想像力を働かせることが出来るようになってきた気がします。

それと、人を見た目で判断しないように心がけるようになりました。

 

さて、私の自死遺族という生き方のお話を続けたいと思います。

私は13年前に愛する姉を自死で喪い、ある日突然自死遺族となりました。

ここでは、今日までどのように生きてきたのか、これからどのように生きていくのか、私の自死遺族という生き方を綴っていきたいと思います。

一口に「自死遺族」といっても、自死遺族の個々人によってストーリー、悲嘆、辛さ、感じ方、考え方、想い、プロセス、関係性等は全く異なります。

自死遺族の数だけ固有のストーリーがあるといえるでしょう。

便宜上「自死遺族」と括ったとしても、みんな違うのです。

本記事はあくまで私の個人的なライフストーリーですので、一つの物語りとしてお読みいただければ幸いです。 

 

※お願い※

本記事をお読みいただくことで、フラッシュバックが起きたり、悲嘆が再燃したりする可能性も考えられます。少しでも心身の不調や危害を感じる場合には、即時お読みいただくことを止めていただき、また然るべき時にお読みいただきますようお願い致します。

 

前回の記事はコチラ↓です。

alphaandomega.hatenablog.com

 

【目次】

 

うつ病だって出かけたい

私の人生で一番つらかった四十九日までの間は、生ける屍のように過ごし、息も絶え絶えに生き続けてきました。

無事に納骨を済ませた後、姉が愛してやまなかったヨットでいつもご懇意にしてくださっていた仲間の方々が、姉のために洋上での追悼の会を開いてくださいました。

生前の姉はうつ病だったのですが、毎週末のヨットには欠かさず通っていました。姉の唯一の楽しみであり、安らぎの場だったのだと思います。

 

うつ病なのに、遊びの時だけ元気になるなんて、、、とお思いになる方もいらっしゃるかもしれません。

でも、そんな楽しみや安らぎの時間さえも持てないなんて、うつ病でなくても辛すぎますよね。もしかすると、外出できるだけましだったのかもしれませんし、むしろ悪化を抑えていたかもしれません。

現代日本においては、まだまだうつ病は自死と共に偏見やスティグマを抱かれやすく、理解されにくいのではないでしょうか。

海外在住の自死遺族の方のお話を伺った時に、精神科・心療内科への受診やカウンセリング、うつ病に対する理解が日本と比べて随分進んでいるという印象を受けました。

まったく普通に、内科にかかるように受診するのだそうです。

以前と比べて日本でもうつ病に対する理解は進んできているとはいえ、まだまだ不足していると私は思います。

私も過度なストレスに伴って抑うつ状態になったことがあります。

決して他人事ではなく、私たちの誰もがそのリスクや可能性を含んでいることを忘れたくないですね。

もし自分がうつ病になってしまった場合、どのように接してほしいか、何を理解してほしいか、何を言われたくないか、何で傷がつくのか、真剣に想像してみると良いと思います。

様々な場面や立場での想像力って、ほんとうに大切ですよ。

 

天国を見たような気がした

ヨット仲間の方々による追悼の会では、姉が乗っていたヨットと仲間のヨットの数艇で沖へ出て、献杯とほんのわずかばかりの散骨を行いました。

姉が大好きだったヨットで、姉の愛した海に、姉は還っていったようでした。

 

その時の光景は忘れることができません。

キラキラと輝く凪いだ海上で、数艇のヨットが輪になって黙とうを捧げた時、一瞬時が止まったかのようでした。

まぶしい静寂の中で、まるで本当に姉が海へ還っていったようで、それはそれは厳かで美しい光景でした。

私は、嗚呼きっと天国ってこういうところなんだろうなぁって、ちょっと感動しました。それぐらい穏やかで美しい光景でした。

ヨット仲間が姉を愛してくれていたこと、深い慈しみと悲しさとが真っすぐに伝わってくるようで、私はなぜかとても嬉しかったことを覚えています。

姉は自ら人生を終わりにしたけれど、決して悪いこと、辛いことばかりの人生だったのではなく、楽しいこと、幸せなことだって沢山あったし、多くの人に愛された人生だったんだなって、思えたんですよね。

綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、自死した人の人生を否定するのは失礼だし、少なくとも姉は姉の人生を精一杯生きたんだ、って私は思っています。

 

姉が乗っていたヨットからお別れと旅立ちの汽笛を鳴らした時、遠くの大型船から返礼のように、同じく追悼の汽笛が響いてきたときには、海を愛する人たちの大きな愛が伝わってくるようで胸と目頭が熱くなりました。

深い悲しみと辛さの中に沈んでいても、こんな瞬間も訪れたのでした。

天国と成仏とは成り立たない気がしますが、、、いわば姉は天に召されて成仏したような気がして、私にとっては救いになりました。

きっと姉も嬉しかっただろうと思います。

当時のヨット仲間の方々には、今も心から深く感謝しています。

 

全てを吐き出してしまいたい

四十九日を終えて、私は日常生活に戻ることにしました。

前回の記事に書いたように、父が急逝した後の教訓から、私は悲しみをちゃんと悲しむようにしていました。

泣きたいときには泣けるだけ泣いて、とめどなく涙が溢れるままに泣きまくって、人の涙って尽きることが無いんだな、涙ってどれだけ出続けられるんだろう?だいたい何からできているだろう?ほんと不思議。とか思ったりもしました。

そんな日々をなんとか過ごしている時期に、ある日突然の苦しさに襲われました。

それは、全てを吐き出してしまいたい、という衝動でした。

要は、自分の深い悲しさや、辛さや、怒りや、無力感や、寂しさや、やり場のない思い等のすべてを一切合切全部誰かに吐き出してしまいたい衝動にかられました。

でも、それをどこで誰に吐き出していいか、見当もつかなかったし、独り途方に暮れてしまいました。

「吐き出したい」という文字通り、大きな重い塊が胸やのどに詰まったような感覚でした。

 

当時はインターネットも今ほど発達していませんでしたし、グリーフケアというような言葉も知らず、ましてや自死遺族の会の存在なんて全く聞いたこともなく知りもしませんでした。

そこで、私はまずなんとかカウンセリングルームを探してみることにしました。

私や姉のこと、死別までの経緯などを全く何も知らない赤の他人、ただしプロの方に話をしたいと考えました。

それ以前に私が抑うつ状態になった時に、病院から紹介されたカウンセリングルームで赤裸々な話をしていた経験があったので、この時もプロならきっとなんでも聴いてくれるだろうと思ったからです。

 

この時は、友人や知人といった私のことを知る人たちに話すような気持にはなれませんでしたね。

以前の記事に書いたように、私は死別の直後から、親しい友人には姉が自死したという真実を告げていました。

alphaandomega.hatenablog.com

 

でもこの時は、友人や知人に慰めてほしい、助けてほしい、というよりも、とにかく洗いざらい吐き出してしまいたかった。ただ胸のつかえをとりたかったのだと思います。

しかし、家の近所ではカウンセリングルームは見つからず、どこが適当なのかも皆目見当がつきませんでした。

この当時は、外に出るのも人に会うものとても億劫になっていました。電車に乗って赴く必要のあるカウンセリングルームにはとても行けそうもありませんでした。

結果、当分の間私は家に引きこもっていました。

恐らくこの時の私は、抑うつの状態だったのだと思います。

 

自死遺族の孤立と孤独

自死遺族は、社会から孤立して孤独になりがちである、と言われています。

特に、私のように周囲に真実を告げることができない場合、苦しい胸のうちを誰にも何も明かせずに、怒りや後悔、罪悪感や自責の念等を独りで抱き続けて、周囲の援助を求められない、というような状況はとても多いのではないでしょうか。

そのような場合、人との関係性を絶ったり、私のように引きこもったりすることで、社会から断絶され、孤独感を募らせてしまうことが多いと推察されます。

そして、孤独はさらにマイナスの思考を強めてしまうでしょうし、抑うつ状態になったり、希死念慮を抱いてしまうようなこともあるでしょう。

特に身体の不調が出るような場合、通常の悲嘆反応と捉えることもできますが、徐々に悪化して過度に長引いたり、重篤であるような場合には、ぜひ周囲に助けを求めてもらいたいと思います。医療機関を受診するのも良いでしょう。

普段の生活でも体調が悪くなれば病院へ行くように、身体の状態が不調の時には、病院へ行くことをためらわなくて良いと私は考えます。

 

本記事の冒頭に書いた通り、人の悲しみや辛さは、残念ながら傍から見ただけでは周囲が気づけないことが多いと言えるのではないでしょうか。

悲しいですが、それは仕方のないことだと私は思います。きっと私も人の悲しみや辛さには、傍から見ただけでは簡単に気づけないと思うからです。

特に孤独感を抱いているような場合には、さらに周囲に援助を希求しにくくなっていると考えられます。そして、周囲もその深刻さに気付けません。

私があまり無責任なことは言えませんが、助けが必要な場合には、どうぞ助けを求めてもらいたいと思います。

苦しいかもしれませんが、難しいかもしれませんが、伝えたいことは、伝えないと、伝わらないのです。

 

アルファの会や同様の自死遺族のための自助グループがその一助となることを願っています。

もし、私のように全てを吐き出してしまいたくなった時、もし自死遺族同士でなら話せそうな時、似たような経験をした人の話を聴いていたいとき、アルファの会のことを思い出していただき、参加できそうな時に何時でもお越しいただきたいと思っています。

遠出が難しい場合はお近くの、逆に近所ではない方が良い場合は近隣の、自死遺族の自助グループを探してみては如何でしょうか。

直ぐに参加することは無理でも、いつか必要なタイミングで参加できることを覚えておくだけでも良いと思います。

 

今日は、この辺で。

 

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自死遺族の会【アルファの会@東京】2019年5月・6月度のご案内

皆さま、ごきげんよう。

 

平成の時代が終わり、令和の時代が始まりました。 

新たな時代の幕開けへの希望と共に、平成の時間を想うと少し物悲しい気もしますね。

私にとっての平成は、やはり愛する姉を喪ってしまった時代でした。

同時に、深い悲嘆と苦しさから再び立ち上がってきた時代でもあったように思います。

平成という時代に失ったものは大きすぎたけれど、同時に得たものも大きかったように思います。

変な言い方ですが、全て愛する姉のお陰だと思っています。

皆さまにとっての平成はどんな時代だったでしょうか。

そして、令和をどのような時代にしたいでしょうか。

 

さて、自死遺族の会「アルファの会@東京」2019年5・6月度のご案内をさせていただきます。

 

自死遺族の会「アルファの会@東京」は、HUG Hawaiiを母体とした自死遺族の会で、毎月1回都内のカフェに集まり、自死遺族同士で自由にお喋りをしています。 

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母体のHUG Hawaiiについては、↓コチラをご参照くださいませ。

www.hughawaii.com

はじめての方は、↓コチラをご一読いただければ幸いです。

alphaandomega.hatenablog.com

 

2019年5・6月度は以下の通り開催を予定しておりますので、ご案内させていただきます。

 

自死遺族の会 アルファの会@東京 

2019年5・6月度

 

日時:

5月18日(土) 14:00-

6月15日(土) 14:00- 

 

場所:

都内のカフェを予定しています

※詳細はご参加者にお知らせします。

 

費用:原則飲食代を各自でご負担いただきます

※※場合によって途中で開催場所、費用が変更になる場合がございます。その場合には、ご参加者に直接ご連絡させていただきます。

予めご了承いただきますよう、お願い申し上げます。

 

お申込み〆切:

開催日の3日前(水曜日)までにお申込みください

 

お問い合わせ・お申込み:alpha@hughawaii.com までご連絡ください

 

アルファの会@東京は、会議室のような場所で1人ずつ自己紹介や経験をシェアするという形式をとっておりません。

いわゆるカフェ形式で、飲食しながら自由にお話をする場となっています。

自死や故人にまつわることを話しても、話さなくても構いません。

ただそこに居るだけで、他の方のお話を聴くだけでも構いません。

泣いても笑っても構いません。

何かを無理に聞き出したり、強制したり、勧誘したりすることは一切ございませんので、どうぞご安心ください。

当然のことながら、個人情報や秘密は他言されません。本会に参加される皆さまにも同様に秘密保持のお約束をしていただいております。

 

今は亡き大切な人のことや、ご自身のことを話してみたい、あるいは同じような経験をした人の話を聴いてみたい、と思われましたら、どうぞお問合せください。

 

もし初めてお独りで参加することがためらわれるようでしたら、本会の当日スタート前に個別にお話をお伺いする機会も考慮いたします。

詳しくは事前にご相談くださいませ。

 

アルファの会@東京をスタートしてから、丸2年が経ちました。2年間、毎月欠かさずに開催して参りました。

当初はファシリテーターを担う二人でスタートしてから当分の間、二人だけで毎月のようにお話をしていました。

現在では、毎回ファシリ役の二人のほかに複数名が集まる会になっています。

そして、この度さらに新しくお一人がファシリテーター役を担ってくださることになりました。今後は、計3名のファシリ役が力を合わせて、自死遺族の方々が安心してお話ができる安全な場としての運営に努めて参る予定です。

今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

 

新しくファシリ役を担ってくださる方が増えたことは、とても喜ばしいことです。

なぜなら、当初はご参加者のお一人だったにもかかわらず、誰かの役に立てるなら、という思いを持ってくださるようになり、そのご意思を示してくださったからです。

とても大きな変化だと私は思います。長年そのご様子を拝見してきて、正直凄いなぁと感じています。

僭越な言い方で恐縮なのですが、人って変われるし、自死遺族も変われるのです。

 

アルファの会は現在はハワイと東京都内での開催のみですが、東京ではファシリ役が増えたこともあり、今後出来れば東京以外での開催も検討したいと考えております。

もし東京以外での開催をご希望される自死遺族の方がいらっしゃるようでしたら、どうぞご相談くださいませ。

 

今後ともアルファの会へのご理解と、出来れば必要とされている方への周知のご協力を何卒宜しくお願い申し上げます。

 

ありがとうございます。

 

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私の自死遺族という生き方⑤:悲しみをちゃんと悲しむ

皆さま、ごきげんよう。 

沢山の方に「私の自死遺族という生き方」の記事をお読みいただき、誠にありがとうございます。 

拙い記事ではございますが、引き続き何かご参考になる記事があればお読みいただけますと幸いです。

 

私は13年前に愛する姉を自死で喪い、ある日突然自死遺族となりました。

ここでは、今日までどのように生きてきたのか、これからどのように生きていくのか、私の自死遺族という生き方を綴っていきたいと思います。

一口に「自死遺族」といっても、自死遺族の個々人によってストーリー、悲嘆、辛さ、感じ方、考え方、想い、プロセス、関係性等は全く異なります。

自死遺族の数だけ固有のストーリーがあるといえるでしょう。

便宜上「自死遺族」と括ったとしても、みんな違うのです。

本記事はあくまで私の個人的なライフストーリーですので、一つの物語りとしてお読みいただければ幸いです。 

 

※お願い※

本記事をお読みいただくことで、フラッシュバックが起きたり、悲嘆が再燃したりする可能性も考えられます。少しでも危害を感じる場合には、即時お読みいただくことを止めていただき、また然るべき時にお読みいただきますようお願い致します。

 

前回の記事はコチラ↓です。

alphaandomega.hatenablog.com

 

【目次】

 

悲しみをちゃんと悲しむ

私が姉を自死で喪ってから、四十九日までの時期が、私のこれまでの人生で最も辛かったといえることを、前回の記事に書きました

この最もキツク辛かった時期に、私は「悲しみをちゃんと悲しむ」ことに徹しようと思って、 最大限の悲しみをちゃんと悲しむことにしました。

 

私が「悲しみをちゃんと悲しむ」ことにしたのには、理由がありました。

それは、私の父親との死別後の悲しみの悲しみ方が、あまりにも辛かったからです。

 

私の父は、私が高校3年生の夏に急逝してしまいました。

父は前日の夜には家族全員で一緒に夕食を摂っていたのに、翌朝には突然帰らぬ人となってしまったのでした。元々病気がちではありましたが、全く思いもよらない急逝で、突然過ぎるお別れでした。

その時は私も多感な時期でしたし、本当にショック過ぎて、火葬場で過呼吸で倒れてしまって父の遺骨も拾えなかったほどでした。

 

そこで私がとった悲しみの悲しみ方は、「無かったことにする」という思考でした。

当時の私には、父親の急逝という事実をとても受け止められず、「無かったことにする」ことで、深い悲嘆と対峙することを避けて自分を守ったのだと思います。

 

愛する人の死と向き合うことができず、私のように事実を受け止められないことはよくあることではないでしょうか。自己防衛のためにも、ある意味必要なことなのかもしれません。一時的には、やり過ごすことができたように思えることもあるのでしょう。

本当は、酷く深く悲しいはずなのに、「無かったことにする」ことで、あたかも再び立ち上がっていけるような気がしていました。当時はその必要にも迫られていましたし。

恐らくは、あまりにも辛すぎて生きていけなくなりそうなので、自ら感情を麻痺させていたのでしょうね。

 

しかし、当時の私の「無かったことにする」という悲しみの悲しみ方は、後に私を苦しめることとなりました。

 

悲しみの再燃

父のあまりにも突然すぎた死を「無かったことにする」という私の悲しみの悲しみ方は、大人になった私を苦しめる結果となって戻ってきました。

 

大人になるにつれて、やはり父親の死は「無かったことにする」ことは、出来なくなってきました。

今考えてみると、「無かったことにする」ことなんて本当は出来ないのに、当時の私には知識も知恵もサポートもケアも無く、そうすることしか出来なかったのでしょうね。

当時はネットもまだ発達しておらず、遺族ケアやグリーフケアなんて全く情報も無くて知りませんでしたしね。

 

やがて酷く深い悲嘆が再燃して、自分自身を苦しめました。

大人になってもう何年も経ってから、父親を突然喪った悲しみ、辛さ、怒り、無念さ、無力さ等の様々な感情がいっきに爆発して、どうしていいか分からなくなるぐらい本当に苦しくて苦しくて、悲しさや寂しさが一気に増幅してしまいました。

当時「悲しみをちゃんと悲しむ」ことをしなかった自分自身にも嫌気がさしました。

愛する父を喪ってしまったのに、その父(の死)を「無かったことにする」なんて、なんと酷い娘なんだろうって。

もう決して元には戻れないのに、父に会いたくて、謝りたくて、「ごめんね」って言いたくて、他にも沢山いろんなことを話したくて、本当に堪らなくなりました。

 

この時「悲しみをちゃんと悲しむ」ことをしていないと、やはりいつか現実と向き合わなければならない日が来るのだな、と私は薄々気が付きました。

やっぱり「無かったことにする」ことなんて出来ないのだと、もう何年も経ってからやっと気付きました。

 

私には上述のような経験があったので、再び家族を突然喪ってしまった時には、「悲しみをちゃんと悲しむ」ことをしないとだめだ、と直感的に思っていました。

そして、愛する姉の突然過ぎる自死という事実を目の前にして、私は今度は「悲しみをちゃんと悲しむ」ことに徹することにしました。

その結果、特に四十九日までの間は、生ける屍のように悲しみのどん底の底まで堕ちていくということを自らが選んだわけです。

 

確実に「悲しみ」があることを忘れないように

しかしながら、大切な人の自死を「無かったことにする」、現実から目を背ける、大切な人の自死を受け止めたくない・受け止められないので、悲しみに蓋をしてしまうという悲しみ方は、今でも理解できますし、否定するつもりはありません。

それほどに受け止め難い事実であることは間違いありませんし、ある日突然そんな最大の悲しみが訪れても、到底受け入れられることではありませんよね。

 

そして、大切な人が自死してしまった場合には、悲しみとは別の後悔や怒り、恥、罪悪感、自責の念、自罰感などの他の感情も同時に沢山溢れてくることでしょう。

でも忘れてほしくないと私が思うのは、大切な人を喪うということは、「悲しいこと」なんだということです。

 

死因が病死であれ自死であれ何であれ、大切な人を喪うということは、最大限に「悲しいこと」であるし、多くの場合確実にそこに「悲しみ」が有るということです。

私のようにその確かにある「悲しみ」を「無かったことにする」ことで、悲しむことを忘れてほしくないと私は思います。

他の感情は色々あるとしても、むしろ「悲しい」という感情を大切にすることの方が大事なのではないかと私は思うのです。

 

たとえば病気で大切な人を喪ってしまったら、きっと悲しいでしょう。

同じように、死因が自死であれ何であれ、大切な人を喪ってしまった遺族であること、大切な人を喪ってしまった悲しみに、何ら変わりはありません。

確実に「悲しみ」があることを忘れないようになれたらいいな、と私は思います。

そして、もし出来ることならば、私が自らの経験から気づいたように「悲しみをちゃんと悲しむ」ことができると良いのかもしれません。

 

とはいえ、「悲しみをちゃんと悲しむ」というのは、とても過酷でした。

でも、何年も経ってから「無かったことにする」ことで蓋をしていた「悲しみをちゃんと悲しむ」ことになることも、同じように過酷でした。

到底受け入れられない現実と向き合うのは残酷で過酷です。

でも、確実にそこにある「悲しみ」を「無かったことにする」のも、自分自身の心にとっては残酷で過酷であるといえるのではないでしょうか。

 

今では、あの人生で最も辛すぎた四十九日までの間に、私は 「悲しみをちゃんと悲しむ」ことをしてみて良かったと思っています。

勿論今でもその悲しみが無くなったわけではありません。

でも、確実にそこに深い「悲しみ」があることをちゃんと認めて、愛する姉の自死という最大限に悲しい現実を、当時の私なりに精一杯ちゃんと悲しんだことは幸いなことであったと今では振り返っています。

 

今日は、この辺で。

 

次回「私の自死遺族という生き方6:全てを吐き出してしまいたい」に続きます。

alphaandomega.hatenablog.com

 

 

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私の自死遺族という生き方④:不思議なおはなし

皆さま、ごきげんよう。 

沢山の方に「私の自死遺族という生き方」の記事をお読みいただき、誠にありがとうございます。 

拙い記事ではございますが、引き続き何かご参考になる記事があればお読みいただけますと幸いです。

 

私は13年前に愛する姉を自死で喪い、ある日突然自死遺族となりました。

ここでは、今日までどのように生きてきたのか、これからどのように生きていくのか、私の自死遺族という生き方を綴っていきたいと思います。

一口に「自死遺族」といっても、自死遺族の個々人によってストーリー、悲嘆、辛さ、感じ方、考え方、想い、プロセス、関係性等は全く異なります。

自死遺族の数だけ固有のストーリーがあるといえるでしょう。

便宜上「自死遺族」と括ったとしても、みんな違うのです。

本記事はあくまで私の個人的なライフストーリーですので、一つの物語りとしてお読みいただければ幸いです。 

 

※お願い※

本記事をお読みいただくことで、フラッシュバックが起きたり、悲嘆が再燃したりする可能性も考えられます。少しでも危害を感じる場合には、即時お読みいただくことを止めていただき、また然るべき時にお読みいただきますようお願い致します。

 

前回の記事はコチラ↓です。

alphaandomega.hatenablog.com

 

 

【目次】

 

手続きに奔走して身も心も消耗する

無事に葬儀を終えると、今度は様々な手続きに奔走しなければなりませんでした。

社会保障を始めとする様々な行政上の手続きというのは、とても煩雑でそれぞれ当該の施設に赴いて直接手続きをしなければならないために、心身共に本当に消耗しました。

 

社会的な仕組み上そうせざるを得ないのは理解できます。

残念ながら仕方がないことなのでしょう。

しかしながら、この頃は直後の衝撃と深い悲嘆に加えて、葬儀などの一連の慌ただしさで息をつく暇もなく、睡眠や食事も曖昧で、きちんと悲しみさえ感じられていないような、感覚が麻痺してしまっているような状態だったことも事実です。

本当に身も心も疲れ果てました。

 

邪悪なわたし

ある日、戸籍謄本を取得するために本籍地へ赴くことになりました。

この日は姉との突然すぎるお別れ以来、初めて独りで外出をしました。

 

途中乗り換えの駅で大勢の人が行きかう雑踏の中で、突如私はこんなことを思って激しい怒りが込み上げてきたことを覚えています。

 

「なぜ姉が自死しなければならなかったのか。姉は何も悪くないのに。

みんなのほほんと何も考えずに生きている(ように見える)し、明日死んでしまうかもしれないのに、よく笑ったりしてそんなにいい加減に生きていられる(ように見える)な。 

みんな、しんでしまえばいいのに。」

 

今考えると、私がいかに邪悪で不謹慎な思いを抱いていたことだと分かりますが、その時は怒りに震え、本気でそんなことを思っていました。

現在は勿論そんなことは思っていません。

でも当時は、なんだか幸せそうに見える人々のことが許せなかったんです。

この時は、姉が、私が、遺された家族が世界一不幸だと思えてなりませんでした。

 

その反面、愛する姉の自死という酷く悲しい経験しているというのに、他者に対して「しんでしまえばいいのに」なんて邪悪なことを思った自分が怖くもなりました。

自分が悪意に満ちたとても邪悪な存在になってしまったような気がして、恐ろしかったです。

 

でも、今考えると恐らくこれは私の怒りの反応だったように思うのです。

私の場合、姉自身や自死に対する怒りというよりも、やり場のない怒りを何の関係もない大勢の人に向けざるを得なかったような気がしています。

つまり、怒りの矛先や激しい感情をぶつける先がありませんでした。

 

かといって、なぜか私はその怒りや激しい感情を自分自身にぶつけるということもしませんでした。

つまり、過度に自分自身を攻撃したりするようなことをせず、ただただ悲しみをちゃんと悲しむということに徹することにしました。

なぜそのような行動をとったのかについては、また追々綴ってみたいと思います。

 

生ける屍に

一連の手続きが済むと、今度は苦痛の日々が待っていました。

息を吸ったり吐いたりするのが精一杯で、時計を見てもまだ1分も進んでいない。

1分1秒が過ぎるのがあまりにも遅過ぎて、とてもとても息苦しかったことを覚えています。

 

まさに死んだように生きていた、生きながら死んでいた、というような生ける屍のような状態でした。

このような状態は、私は四十九日までが一番キツク辛かったです。

幸い睡眠はとれていたのですが、食事は単に機械的に食べ物を飲み込んでいるだけ、日にちの感覚もなくなって、この頃のことはあまりよく覚えていません。

ただただ、息苦しかった。ほんとうに生理的な状態として息が苦しかった。

そういえば、大人になってからはさほど発症していなかった喘息は、死別の直後から発作が出るようになっていました。朝方は息苦しくて横になっていられない状態で、今思うと完全にストレス性、心因性だったと考えられます。

 

心身は相関しているといわれていますので、心因性の身体症状が出ることはよくあることと言えるでしょう。強い悲嘆反応であると考えることもできます。

人にとっての一番強いストレスは、親しい人との死別であるという研究結果も出ている通り、自死による死別は非情に激しいストレスがあるわけですから、健康状態を良好のまま保つというのは、ほぼ不可能に近いのではないでしょうか。

したがって、私のように生ける屍のような状態になってしまうことも多いと推察されます。

そして、自死遺族が抑うつ状態になったり、自死念慮を抱くことも珍しいことではないと考えられます。

 

しかし、私は死別直後に遺された家族と誓った通り、どんなに辛くても決して後追いだけはしないと決めていました。 

後追いはしない代わりに、死んだように生きる、生きながら死んでいるというような、出口の無い暗黒のトンネルに入り込んだ生ける屍のようになっていました。

自分では何もどうすることもできませんでした。

ただただ、毎日息をしているだけで精一杯でした。

 

四十九日までのこの時期が、私のこれまでの人生で最も辛かったといえます。

逆に言えば、この時期の辛さを思い起こすと、ほかの大抵のことは「あの時ほどは辛くないだろう」と思えるようになりました。

今でもあれほどの辛さは他に無いんじゃないかなと私は思っています。 

 

不思議なおはなし

もう息をするのも精一杯で、ただただ毎日が砂のようにこぼれ落ちていくような感覚に陥って、もう独りでは耐えきれず、ある時親友に助けを求めて電話をしました。

 

その親友(仮にMちゃん)は、勿論私の話をただただ聴いてくれて、静かに受け止めてくれました。Mちゃんは元々愛のある大好きな親友なんです。

誰かが自分の苦しさや辛さのことを黙って聴いてくれるというだけでも、救いになるものですね。

傾聴が重要視されるのは、それだけでも救いになるからなのかのしれません。

逆に、ただただ話に耳を傾けてくれる人がいれば、話をしてみること自体が救いになる可能性があるということではないでしょうか。

 

Mちゃんは、いわゆる霊的?サイキック?なところがあって、とても不思議な話をしてくれました。

Mちゃん曰く、私の姉が話しかけてくる、ということでしたが、真偽はともかく、私に姉が言っているらしきことを伝えてくれました。

それは、Mちゃんが知るはずもない私がとった行動に関することで、まぁビックリしたんです。

Mちゃんはその場に居なかったので絶対に知らないはずなのに、まるで姉が見ていたかのように、私に対して姉のことばとして伝えてくれました。

そして、それは私にとっては嬉しいことでした。

(Mちゃん、この時姉のことを話してくれたこと、そしてとろうとしてくれた行為のことを生涯忘れません。本当にありがとうね。)

 

正直、眉唾なお話ですし、胡散臭く感じられるかもしれません。

でも、その時の私にとっては大きな救いになりました。

真偽はともかく、 信じようと信じまいと、なんなら優しい嘘であろうとなかろうと、少なくとも当時の私には救いであったことは間違いありません。

どんなことであれ、胡散臭かろうが、眉唾だろうが、非科学的であろうが、もしその人にとっての救いになるのであれば、はなから全面的に否定することもないのかな、と個人的には思います。

 

ただし、残念ながら世の中には人の弱みに付け込んで、騙したり搾取したりするような悪意のある人がいることも悲しいことに事実でしょう。

何かに救いを求めてしまう気持ちは私もよく分かります。

しかし、深い悲嘆や辛さの中にある時には、正常な判断能力が鈍ったり、感覚が麻痺してしまっていることも多いと考えられます。

抑うつ状態であるような時に、重要な決断はしない方が望ましいと言われているように、あまりに過度な妄信や依存はあまり好ましくないと思われますので、気を付けたいところですね。

 

今日は、この辺で。

 

次回「私の自死遺族という生き方⑤:悲しみをちゃんと悲しむ」に続きます。

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自死遺族の会【アルファの会@東京】2019年3月・4月度のご案内

皆さま、ごきげんよう。

 

3月に入って徐々に春の気配を感じられるようになってきました。

とはいえ、急に寒の戻りがあったり、花粉が沢山飛散しはじめたりして、季節の変わり目で体調を壊しがちかもしれません。

私は気圧の変化が苦手なようで、雨の日は頭痛がしたり気分が滅入ったりして憂鬱になることがあります。酷いときは喘息気味に。

でも、一生毎日雨ということもあり得ませんので、まぁそんなこともあるかと思って、調子が良くなるまで静かにやり過ごすようにしています。

自分でコントロールできないことをコントロールしようとすると辛いですね。

自分ではどうしようもないことなのか、何とかすれば何とかなるものなのか、見極めることが肝要な気がしませんか。

今は亡き姉が

「変えられないものを受け容れる力 そして受け入れられないものを変える力をちょうだいよ」(宇多田ヒカル、2000、Wait & See 〜リスク〜)

という歌詞のことを話していたことを思い出してちょっと切なくなりますが…。

 

さて、自死遺族の会「アルファの会@東京」2019年3・4月度のご案内をさせていただきます。

 

自死遺族の会「アルファの会@東京」は、HUG Hawaiiを母体とした自死遺族の会で、毎月1回都内のカフェに集まり、自死遺族同士で自由にお喋りをしています。 

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母体のHUG Hawaiiについては、↓コチラをご参照くださいませ。

www.hughawaii.com

はじめての方は、↓コチラをご一読いただければ幸いです。

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2019年3・4月度は以下の通り開催を予定しておりますので、ご案内させていただきます。

 

自死遺族の会 アルファの会@東京 

2019年3・4月度

 

日時:

3月16日(土) 14:00-

4月20日(土) 14:00- 

 

場所:

都内のカフェを予定しています

※詳細はご参加者にお知らせします。

 

費用:原則飲食代を各自でご負担いただきます

※※場合によって途中で開催場所、費用が変更になる場合がございます。その場合には、ご参加者に直接ご連絡させていただきます。

予めご了承いただきますよう、お願い申し上げます。

 

お申込み〆切:

開催日の3日前(水曜日)までにお申込みください

 

お問い合わせ・お申込み:alpha@hughawaii.com までご連絡ください

 

アルファの会@東京は、会議室のような場所で1人ずつ自己紹介や経験をシェアするという形式をとっておりません。

いわゆるカフェ形式で、飲食しながら自由にお話をする場となっています。

自死や故人にまつわることを話しても、話さなくても構いません。

ただそこに居るだけで、他の方のお話を聴くだけでも構いません。

泣いても笑っても構いません。

何かを無理に聞き出したり、強制したり、勧誘したりすることは一切ございませんので、どうぞご安心ください。

当然のことながら、個人情報や秘密は他言されません。本会に参加される皆さまにも同様に秘密保持のお約束をしていただいております。

 

今は亡き大切な人のことや、ご自身のことを話してみたい、あるいは同じような経験をした人の話を聴いてみたい、と思われましたら、どうぞお気軽にお問合せください。

 

もし初めてお独りで参加することがためらわれるようでしたら、本会の当日スタート前に個別にお話をお伺いする機会も考慮いたします。

詳しくは事前にご相談くださいませ。

 

自死遺族の会「アルファの会@東京」をスタートして2年が経とうとしています。

これまでの間、たくさんの自死遺族の方と様々なお話をさせていただいて参りました。毎月ご参加くださる方、1回だけご参加いただいた方、思い切ってご自身の置かれた環境や想いを吐き出してくださった方、静かに他の方のお話を聴いておられた方、涙される方、みんなで大笑いしたこと、等々、いつもいつもかけがいのない時間でした。

本当に個々人それぞれのストーリーや悲嘆、辛さや想いがあって、誰一人として同じことは言えません。

一口に「自死遺族」といっても、みんな違うのです。

お互いに共有して共感したり、一緒に泣いたり笑ったりしながら、みんながそれぞれの人生を必死に生きているのだなと感じています。

今後も自死遺族にとって安全で安心して居られる場を作り続けられるよう、一層努めてまいります。 

今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

ありがとうございます。

 

千草

私の自死遺族という生き方③:真実を告げる

皆さま、ごきげんよう。

 

私は13年前に愛する姉を自死で喪い、ある日突然自死遺族となりました。

ここでは、今日までどのように生きてきたのか、これからどのように生きていくのか、私の自死遺族という生き方を綴っていきたいと思います。

一口に「自死遺族」といっても、自死遺族の個々人によってストーリー、悲嘆、辛さ、感じ方、考え方、想い、プロセス、関係性等は全く異なります。

自死遺族の数だけ固有のストーリーがあるといえるでしょう。

便宜上「自死遺族」と括ったとしても、みんな違うのです。

本記事はあくまで私の個人的なライフストーリーですので、一つの物語りとしてお読みいただければ幸いです。

 

※お願い※

本記事をお読みいただくことで、フラッシュバックが起きたり、悲嘆が再燃したりする可能性も考えられます。少しでも危害を感じる場合には、即時お読みいただくことを止めていただき、また然るべき時にお読みいただきますようお願い致します。

 

前回の記事はコチラ↓です。

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【目次】 

故人のことを悪く言わないでほしい

姉との唐突過ぎるお別れの日から、葬儀の段取り~葬儀と非常に慌ただしい日々が過ぎていきました。

都度都度号泣していた気がしますが、それどころではないという位、遺された家族には決めなければならないこと、手配しなければならないことが多いのですよね。

直後は心から悲しむことすら出来ない、というのが実情だと思います。

 

通夜、告別式は好むと好まざるとに関わらず、家の慣習で仏式で執り行うことになりましたので、枕経など度々僧侶の方においでいただきました。

ある時、あまりに居た堪れなくなった私は、僧侶の方に「姉は(自死でも)成仏できるでしょうか?」と尋ねました。

この時の僧侶の方のお答えがあまりに冷たく、心傷つくだった内容だったのは、内心許せませんでした。

宗教って、いったい何なのでしょうかね。

 

とにかく、姉のことを悪く言わないでほしい、という思いで一杯でした。

あんなに苦しんで辛かったであろう姉のことを悪く言うことが、私には耐え難く許せませんでした。

つまり、自死を悪く言うことではなく、愛する姉本人や姉が行ったことを悪く言うことへの激しい怒りを抱いていました。

故人のことを悪く言うというのは、死因がどうであれ許容し難いことではないでしょうか。

そして、自らの意思とは関係なくある日突然自死遺族となってしまった人に対して、心無い言葉をかけるというのも、全く持ってナンセンスだと私は思います。

 

想像力の欠如 

愛する人をある日突然喪って、その遺族がどれほど深い悲嘆の中にあるのか、どれほど心を痛めているのか、誰が一番深く傷ついているのかを想像してみてもらいたいと思います。

くわえて、もし自分がその立場だとしたら、心無い言葉をかけられてどれ程傷つくのかを想像してもらいたいと願います。きっと物凄く嫌ですよね。

そうです、物凄く嫌なんです。

 

自死や自死遺族に対する偏見や誤解の根底には、この想像力の欠如や、自分のこととして考えてみる、というような相手を思い遣る思考や労わりの心が著しく欠けている問題があるのかもしれませんね。

死因は何であれ、大切な人の「死」は人としての平等な「死」であり、遺族は遺族であることに何ら変わりはないと私は思っています。

周囲の人たちには、自死遺族を目の前にした時、どうぞ想像力を働かせてみてもらいたいと思います。

「もし私があなただったら」を想像力を働かせて考えてみて、相応しい言動をとっていただきたいと、心から願います。

もしある日突然大切な人を喪ってしまったら、どんな言動をとってもらいたくて、どんな言動をとってもらいたくないか、を想像してみてくださいね。

 

真実を告げる

通夜、告別式には、姉と懇意にしてくださっていた多くの方が参列してくださいました。

私の親友たちも駆けつけてくれました。

その場で、私は姉が自死してしまったという真実を告げていました。

 

故人の死因が自死であったことや、自身が自死遺族であることを明かせない、あるいは死因を偽った、偽らざるを得なかったという自死遺族の方々はかなり多く存在するものと推察します。

そして、現代日本において、未だ自死や自死遺族に対して偏見や誤解があり、心無い言葉をかける人がいるのが事実だと考えられます。

いわゆる「二次被害」が発生してしまうのです。とっても悲しいことですね。

そんな「生きづらさを生き埋めにする社会」の中で、自死遺族はどうしても真実を告げられないことの方が多いのが実情といえるでしょう。

 

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しかしながら、私の場合はなんのためらいもなく、愛する姉が自死してしまったことを親友に告げていました。

当時私が何故このような行動をとったのか、今になって振り返ってみました。

まず、上述のように、「姉のことを悪く言わないでほしい」という思いが強かったように思います。

つまり、姉が完遂してしまった自死という行動自体も否定されたくなかったのだと思うのです。

自死を否定すると、姉を否定しているような気がしたのかもしれません。

私は愛する姉を否定するようなことは、絶対にしたくないと強く思っていました。

 

くわえて、当時の私も自死に対する偏見や差別感を抱かなかった、もしくは抱かないようにしていたからかもしれません。

当然のことながら、それまで自死や自死遺族について考えたことはほぼありませんでしたし、まさか自分が自死遺族になるなんて想像してみたこともありませんでした。

でも、いざ自分がその当事者になってみて、自死や自死遺族に対する偏見や差別感を抱くことは、自分自身を否定することになるような気がしたのかもしれません。

当時私が姉のことを悪く言ったり否定されることが物凄く嫌だったのと同様に、私自身のことも悪く言われたり否定されることが嫌だったのだろうと思います。

恐らく偏見や誤解から身を守るための、私自身の自己防衛の結果だったのでしょう。私は自分を守ることにも必死になっていました。

そして、私の激しい悲しみや辛さを理解してほしい!という悲痛な叫びであったともいえるでしょう。

愛する姉を自死で喪ってしまった衝撃は、到底独りでは耐え難く、到底独りでは抱えきれないという周囲へのサインを、無意識のうちに出していたのかもしれません。

それほどに切羽詰まった悲痛な思いが故の行動だったのではないかと思います。

 

もしかすると、現代日本において私のように迷いなく真実を告げる、というのは稀な方かもしれませんね。

今も真実を告げることなく過ごされている方もおられるでしょうし、真実を告げられないことで「沈黙せざるを得ない生きづらさ」を抱えている方もいらっしゃるかもしれません。

自死遺族が真実を告げるか否かについて正誤は言えませんし、何が良いのかは個々人によって異なると考えます。

ただし、もし永らく真実を打ち明けられないことが辛い、苦しいような場合には、「アルファの会@東京」のような場(全国で開かれていますので、ご自身に合った会を探してみてくださいね)で、当事者同士の間で打ち明けてみる、というのも選択肢の一つに入れておいていただくと宜しいかもしれません。

 

「ソーシャルスティグマ」と「セルフスティグマ」

(自死者や自死遺族に対して)「烙印を押す=スティグマ」という事象があります。

スティグマ(烙印を押すこと)には、大きく分けて「ソーシャルスティグマ」と「セルフスティグマ」があると考えられます。

「ソーシャルスティグマ」というのは、「社会によって(において)烙印を押される」という意味から、社会における偏見や差別、誤解等によって自死の忌避や「自死遺族」という烙印を押されることと捉えられます。

一方で、「セルフスティグマ」というのは、「自己によって自らに対して烙印を押す」という意味から、自らの中にある偏見や差別、誤解等によって「自死遺族」という烙印を自ら押してしまうことと捉えられます。

「セルフスティグマ」には、怒り、後悔、罪悪感、自責の念、自罰感などの心理的影響が大きく関係していると考えられます。

 

つまり、自死や自死遺族に対する「ソーシャルスティグマ」や「セルフスティグマ」が、死因が自死であることや自身が自死遺族であることを公表することを困難にしていたり、長く深い悲嘆や辛さに繋がる一因であると考えることができるでしょう。

 

たとえば、電車の人身事故が起こって大幅な遅延が生じた時、もしかすると自死を想起して迷惑だと思ったり、嫌な思いになったことがあるかもしれません。

私も当事者になる前はそんな風に思っていたことがある気がします。

つまり、私の中にも自死や自死遺族に対する偏見や誤解、「ソーシャルスティグマ」がありました。

そして、いざ自分が当事者になってみて、初めて偏見や誤解、「ソーシャルスティグマ」にさらされてみて、私の中に「セルフスティグマ」があったことも間違いありません。

 

しかしながら、なぜ私がさほど躊躇せずに姉の自死という真実を周囲の人たち告げたのかというと、恐らく私は「セルフスティグマ」を無意識のうちに回避していたのではないかと思うのです。

きっと当時の私には自ら「セルフスティグマ」を負い続けることなど出来なかったからではないかと思います。

「セルフスティグマ」は自らが自分自身に対して烙印を押すということですから、相当キツイものを自分に課すことになると考えられます。

当時の私には、自らに対して烙印を押すことは耐えられませんでした。

そこで、姉の死因が自死であることや自身が自死遺族であるという真実を隠すことなく周囲の人たちに告げることで、私は「セルフスティグマ」を回避し、自らを責めるのではなく正当化しようとしたように思います。

自死や自死遺族に対するスティグマを回避することで、姉や私を含む遺された家族を正当化してなんとか保とうとした。

そんな思考が無意識のうちに働いたような気がしています。

 

真実を告げたその後(追記)

本記事を一旦公開した後、私が真実を告げたその後のことを書いていないことに気づきました。そこで、追記です。

 

上述の通り、私は当初より親友を始めとする周囲の人たちに対して、姉の死因が自死だったこと、自らが自死遺族であるという真実を告げていました。

その結果、心無いことを言われたり、言動で傷つくような、いわゆる「二次被害」にあったことはありません。

幸いというか、周囲の人たちの配慮や思い遣り、優しさに助けられてきました。

ただ一人として、姉を責めたり、私を含む遺された家族を責める人はいませんでした。

もしかしたら、陰で責められていたのかもしれませんが、少なくとも私の耳には入ってきませんでした。

このことも、「二次被害」に遭われている多くの自死遺族の方々とは異なるかもしれませんね。

 

ただ、もし親友や友人に真実を告げてみて、心無い言動で傷つけられたとするならば、それはもはや親友や友人ではなんじゃないかと、私は個人的に思います。

冷たいようですが、人間関係は相互の関係ですので、配慮や思い遣りなく一方的に傷つけられるような不均衡な関係の存続はなかなか難しいのではないでしょうか。

それは、自死遺族であろうとなかろうと同じことでしょう。

人や場合によると思いますが、耐え難い関係性からは離れた方が良いだろう、というのが私の考えです。

悲しいことに、近くの人にこそ傷つけられた、といういわゆる近親者による「二次被害」のお話もよく伺います。

実は自死遺族同士で傷つけ合ってしまうこともあります。

この問題は解決していかないといけないだろうと認識しています。

 

しかしながら、なぜ私はこれまでいわゆる「二次被害」に遭わなかったのだろうか?を考えてみると、上述した「セルフスティグマ」が関わっているような気もしています。

このことは、いずれ別記事で綴ってみたいと思います。

 

でも実は、私は一定期間の後、私や姉のことを誰も何も知らない、全く違う土地へ脱出することになります。

厳密にいうといわゆる「二次被害」に遭わなかった、というより遭わないように逃げた、ということになるかもしれません。

実は、一時期人間関係をシャットアウトしていたことがありました。

自死遺族は社会的に孤立したり、孤独感を抱くことがあるとされていますが、私は自ら望んで孤独を選んでいた時期がありました。

当時の私には必要だった孤独でした。

このことも、追々綴ってみたいと思います。

 

拙い記事をお読みいただき、またTwitter等で💛やコメントいただきましたことにも、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます。

(追記おわり)

 

今日はこの辺で。

 

次回「私の自死遺族という生き方④:不思議なおはなし」に続きます。

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PS:姉はヨット乗りでした。

今も世界中の海で会えると思えるのは幸いです。 

 

 


 

 

私の自死遺族という生き方②:ある日突然自死遺族に

皆さま、ごきげんよう。

 

私は13年前に愛する姉を自死で喪い、ある日突然自死遺族となりました。

ここでは、今日までどのように生きてきたのか、これからどのように生きていくのか、私の自死遺族という生き方を綴っていきたいと思います。

一口に「自死遺族」といっても、自死遺族の個々人によってストーリー、悲嘆、辛さ、感じ方、考え方、想い、プロセス、関係性等は全く異なります。

自死遺族の数だけ固有のストーリーがあるといえるでしょう。

便宜上「自死遺族」と括ったとしても、みんな違うのです。

本記事はあくまで私の個人的なライフストーリーですので、一つの物語りとしてお読みいただければ幸いです。

 

※お願い※

本記事をお読みいただくことで、フラッシュバックが起きたり、悲嘆が再燃したりする可能性も考えられます。少しでも危害を感じる場合には、即時お読みいただくことを止めていただき、また然るべき時にお読みいただきますようお願い致します。

 

前の記事はコチラ↓です。

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【目次】

  • はじめに
  • ある日突然自死遺族に
  • 自死とうつ病
  • 「~たら」、「~れば」という後悔と罪悪感
  • 私へのメッセージ
  • 遺された家族と誓ったこと 

はじめに

本記事では、なるべく自死遺族としての率直な想いや考えを綴りたいと考えていますので、生々しい表現や、もしかすると不快な思いをさせてしまうことがあるかもしれません。

もし、そのような話を目にすることが躊躇われる場合には、どうぞここで本ページを閉じてくださいませ。

本記事は過去記事として残りますので、いつか読んでみたいと思ったタイミングでお読みいただければ幸いです。

そして、あくまで私の個人的なライフストーリーとして、どなたかのご参考になればと思います。

 

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